「シンパシーが蘇る」 松本里美
3月11日にパンドラの匣が開いちゃって、思わず天を仰いだ時、
空中に舞い上がってるものを見てみたら、天使も悪魔も一緒になって飛んでいた。 ●●
そうか、そうか、やっぱりそうだったか。
わたしたちの背中を押すものは悪魔だ。わたしたちの頭に清い啓示と閃きを与えるのは天使だ。
わたしはテクテクといつもの平凡な街を歩きながら、いつものように前へ進む。
押されながら、だが斜め前方にわたしを目がけて落ちて来るものを見逃さないようにして。
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天使と悪魔は直角な関係だったんだ。
随分沢山天使も、不条理な・・多分邪悪な・・鳥人間も描いてきた。
この2つは背中合わせだとずっと思ってきた。
だけど背中を押して来る悪魔は瞬発力があって、しかも後ろからズルく心臓を目がけて来る。
天使は追いつくことができずにヒラヒラと頭上に落ちてくるって、
そんな感じなんだろう。
昨年の個展の時に「まあ、お茶でも」という作品を描いた。
天上から地上の諍いを眺めている邪悪な悪魔くんは、
お皿の中をちょいとかき回して遊んでいるのだ。
「バカな人間たちめ、大慌てだぜ、チョロいもんだぜ俺は背中をちょっと押しただけだぜ」。
そしたら天使が
「まあまあ、お茶でもお飲みなさいよ。」
と美味しい英国紅茶なんぞいれてくれるもんだから、悪魔くんは「Oh!」とタジロイで後ずさりする。
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ローリング・ストーンズは初期のR&Bのアルバムを好んで聞いていた。
ハタチ頃気前の良い友人が全アルバムを「心に焼き付いてるからもういらない」と言ってくれたんだねぇ、
そのため当然集中的に聞くことになってしまい,その時ゴダールの「ワン・プラス・ワン/悪魔を憐れむ歌」、
ケネス・アンガー「ルシファー・ライジング」等々と相乗効果となり
「ベガーズ・バンケット」は多分一番多く聞いたアルバムになっていた。
A面1曲目「Sympathy for the Devil/悪魔を憐れむ歌」は、
コンガのアフリカンなリズムが呪術的でなんとも胸騒ぎがする。
が、今もう一度昨年の自分が描いた「まあ、お茶でも」を描く過程を思い出し、
漸くそれこそ本当の意味でこの曲に『シンパシー』を感じてしまった次第だ。
何十年もたっているのに
『歴史の中で起きた多くの流血事件、戦争、暗殺等々は、 ●
俺様がちょいとかき回して差し上げてるのサ。人間が思いや
りを無くし、趣味が悪くなってるのが気に入らないからさ』
ほほう、悪魔というのは気高いものだな。
原発というパンドラの匣が開いてちゃって、合点がいった。
思いやりを無くし、趣味が悪くなった人間のなせる技だった。
その上科学者の好奇心をも上手に操っておるのだな。
悪魔よ
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東日本大震災を挟んで展覧会のために絵巻物を制作していた。
5mの作品は9枚の絵で繋がることになっていて、丁度真ん中の5枚目の時に地震があった。
地震があってもなくてもテーマは変わらなかったのだけど、震災後により明確になった。
荒波に漕ぎだす人々の乗る舟には悪魔も天使も一緒に乗り合わせている。
いつもは気づいてはいないけれど、わたしたちのそばにいつもいるのだろう。
そして、悪魔はより人なつっこく寄り添っているのだろう。
西洋絵画を理解するためにはキリスト教知らねば駄目だ。
そのために天使について、聖人については頻繁に調べる。
鎧をまとった大天使ミカエルがそのカッコ良さで下界では人気のまとだ。
だけど、ミカエルとガブリエルは、人間と並んで表現されてて、下級なんだそうだよ。 ●
震災のあとの部分は希望とメッセージと平安を表そうと改めて下絵を描き直した。
その始まりの1枚には重い緞帳を力一杯引き開ける天使ウリエルを描いた。
ウリエルは、智天使と言われているんだよ。
気象を司るとも言われるウリエルよ!
そろそろ地球を揺らすのを勘弁してくれないだろうか。
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そして、わたしは思ったのだ。
資源の無い日本だけれど、人がいるではないか。
人は智慧を持って重い緞帳を自ら開き、次に向うのだ。
その先には花が咲き、静けさを取り戻した海からは創造のヴィーナスが高々とメッセージを掲げるだろう。
「Yes! I will accept all」わたしはすべてを受け入れる。
善も悪も、生も死も、天使も悪魔も、大地もなにもかもが
元々混沌と入り混じるところにわたしは生きている。
悪魔も天使も本当はいやしないよ。
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(2011年4月)
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